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最高裁判所第一小法廷 昭和31年(オ)322号 判決

熊本市藪の内町一五番地

上告人

龜甲証真

右訟訴代理人弁護士

荒木鼎

市花畑町

被上告人

熊本国税局長

飯田良一

右当事者間の審査請求棄却処分取消等請求事件について、福岡高等裁判所が昭和三一年一月二七日言い渡した判決に対し上告人から全部破棄を求める旨の上告申立があつた。よつて当裁判所は次のとおり判決する。

主文

本件上告を棄却する。

上告費用は上告人の負担とする。

理由

上告代理人荒木鼎の上告理由について。

国税滞納処分としての差押及び公売処分は、国税債権に基いて行われる強制的執行手続であつて、一般私法上の債権の債務名義に基く強制執行と本質的には異らないものというべく、右滞納処分の場合にも、目的不動産取得をもつて、第三者に対抗しうるか否かについては、民法第一七七条の適用があると解すべきであつて、この点に関する原判決の法律判断は正当である。なお、論旨中判例違反をいう点は、引用判例はいずれも民法一七七条に関係のある判例ではないから、本件に適切でなく、また違憲をいう点は、その実質は単なる法令違反の主張に帰し、そして右法令違反の認められないことは、上記説示中に述べたとおりである。それ故、所論はいずれも採るを得ない。

よつて民訴四〇一条、九五条、八九条に従い、裁判官全員の一致で、主文のとおり判決する。

(裁判長裁判官 入江俊郎 裁判官 真野毅 裁判官 齊藤悠輔 裁判官 岩松三郎)

(参考)

○昭和三十一年(オ)第三二二号

上告人 亀甲証真

被上告人 熊本国税局長

上告代理人荒木鼎の上告理由

原判決は違法があるので破毀差戻を免れず即ち本件は上告人所有の家屋が訴外高柳健次に対する国税滞納処分として差押登記を記入し公売処分に付せられたのであるがこの差押登記以前已に上告人の所有家屋となつている。

けれ共原審では民法一七七条を適用し、所有権があつても登記を経ていないから対抗することが出来ないと判示し公売処分は適法であると認定した。

然るに国税局は上告人が本件建物を宅地と共に差押登記以前已に買受け現に引渡を受けて、尚お且つ之に居住占有していることは熟知の事実であつてこれについての売買契約公正証書並、代金受領証等一件書類は悉く国税局の担当官に提出したので之等を充分調査して現地をも検査の上で十分認めている。

前所有者たる高柳健次に対しても、この事実を認めている。そこで本件建物を除いた別途の不動産につきその当時の滞納処分として高柳健次に対して公売処分をして居つて同人に対する滞納税は殆んど残存していない状態である。ところが国税局は其後一ケ年を経過した頃、上告人の所有と知悉しながら本件建物に対し不当にも差押記入の登記を為したそこでこれを覚知した上告人は驚いて差押解除を求めた。若し解除せないならば、異議の主張を為すべく通告しておいた。但し名義上のものであることが判つたので高柳健次もまさか公売処分を受けるなどのことはないと固く信じていたので異議の手続も見送つて終つた。

被上告人はこの様にして、本件建物が上告人の所有の登記なきを奇貨として、悪質にも公売処分に付した、其の真意奈辺にあるかをしばしば疑つていたが事実不当にも公売手続を進行して終つた。

このことは被上告人と雖も全く信義誠実の原則に反している。例令、基本債権があつたとしても上告人に対する権利の乱用となり不法行為となるので、登記なくとも、客観的情勢からして上告人は被上告人に対抗することが出来得るものと思料する。

判例の場合も国税滞納処分に基く公売の場合に於て差押物件が他人の所有に属するときは、落札者又は買受人と雖も、当然には、其の所有権を取得することは出来ない。これは大審院の判例に於て明示されているのに原判決はこれに相反している。(明治四十三年(オ)第一三五号大審院大正九年(オ)第六一九号)又国税局が滞納処分の担当者(公務員)が上告人所有の家屋たるを認めながら不当なる差押記入登記をするに至つたは到底容認することが出来ない。

本件こそ憲法第十七条に「何人も公務員の不法行為により損害を受けたときは、法律の定むるところにより其の賠償を求むることが出来る」と規定しあるは本件の場合に当つても賠償を求むるまでに至らざる内にもこの不当処分を排棄し得る趣意のものであつて憲法違反でもある。被上告人が例令公務員(担当者)の為せし行為なりと雖も其の不当なる責任は免れない。

憲法第廿九条第一項に於ても同様に何人も「財産権はこれを侵してはならない」とあつて上告人の基本的人権たる請求権、財産権を、侵害してはならないと謂うことになり違法である従つて憲法第三十二条にある如く何人も裁判所に於て裁判を受ける権利を奪はれないから国家の公正なる裁判を請求し得るもので、本件上告人の重要なる基本的人権たる財産権につき当時の客観的な社会情勢からして登記なくとも事実並証拠調を為し以てこれに対抗し得るべきものと思料する。

本件公売に付せられたる建物は上告人がこれまで永らく居住して来た関係上買受くる以前に巳に建物の有益費、保存費等建物の価格の五分の一以上に相当すべき費用も投じて来ているので公売については、これ等も無視することは許されない性質のものであるが、これは今のところ事情に過ぎず上告人は以上の理由に基き原判決を破毀して事件を原裁判所へ差戻し相当の裁判あらんことを求むる。

以上

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